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ともだち100人いりません [いろいろ②]

時々独り言でつぶやきたくなるんで、
タイトルを見て??って思った人はスルーしてください。























面白い話ではありませんが。


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アポーストー [いろいろ②]

うつぼさん、頭だいじょうぶかしら、ってタイトル見て思われた方。

とりあえず、大丈夫。(笑) 

Apple Store (英語っぽく読むとアポーストー)の話です。


昨年の夏、スマホ(あいふぉん)を新しくした話を記事にしましたが、

(ひじきまつげのネエチャンが担当だった)→ 
http://utsubohan.blog.so-net.ne.jp/2014-07-16


液晶画面のマルチタッチが半年くらいたってから超調子悪くなり、
ネットでどうしたらいいか検索すると、電源切って入れ直せ的なアドバイスばかり。

超原始的。(笑)


 

で、なんとか使っていたものの2年もこれでいけるのか、と思っていたら、
液晶画面の真ん中にまさかの縦線が入りました。

最初の内は縦線が消えたり出てきたり、、していたのですが
縦線部分のところがタッチしても反応しなくなり、

ネットで調べたらさすがに液晶交換しかなさそうな、、ということがわかって、
どうしていいのかわからずに銀座のアポーストーにいったんですよ。


SフトBンクで機種変更対応してくれたときのひじきまつげネエチャンが

アイフォン端末で何かあってもメーカー責任ですから!と
しつこく繰り返し説明していたのを思い出しました。


他のメーカーの機種なら店頭で対応してくれるんでしょうが。



ちぇ、めんどくせ。(-.-)



と思いつつ、銀座のアポーストーに日曜日の10時過ぎに到着。


外から見ることはあっても中に入るのはこれが初めて。。。

どきどきしながら入ると店内アップルウォッチだらけ、そして人だらけ。。。


どうしたらよいのやら、と思いながら濃紺のTシャツを着たスタッフのオネエサンに
「アイフォンの液晶がおかしくなったので見てもらいたいのですが」というと、
4階に上がってください!」と即答。


ま、どうしたらいいかわかったからいいけれど、
若いスタッフが結構な上から目線的な態度で言ってきたもんで、
はあ、どうも。。。といいながら全面ガラス張りで船酔いしそうなエレベータで
4階へ。


到着すると目の前にこれまた若いスタッフのオネエサン。


「予約してますかー?」


 

開口一番、なにこのえらそうな口調。

「いいえ、していません、液晶に縦線が入ったので交換してほしいんですが」


と答えたら、

「じゃあ、予約がない人の列が向こうにありますから並んでください」


日本人ではない、アジア系のオネエサンでしたが、
フレンドリーに話すつもりがおばさんの神経を逆撫でするような逆効果で、
イラットしながら端っこに
3人並ぶ列に私も行列。


目の前に並ぶオニイサンが短パンにTシャツだったんですが、
もう手足に強烈タトゥーで肌色が少なかったので、
そのオニイサンの彫り物を見たりなんだりで何とかすごし、
15分で私の順番に。

ちなみに彫り物ですが、模様というかなんというか、鯉とか桜とか天女とか、、、
そういうのではなかった。当たり前か。


担当してくれたお兄さん、おそらく20代でまだかわいらしい感じなんだけど、
鼻のしたにちょび髭。渋いというより、なんか背伸びし過ぎというかなんというか、
どこか芸人に見えなくもない。

用件を伝えてiPadに携帯番号を入力し、
1年もたたないでどうしてこういう不具合になるんでしょうか、って聞いてみたら、
落としたりしたんでしょう、そういうことで不具合になるんですよ!っていわれたけど。


あなたは
スマホを落とさないのか、と聞きたくなりました。


なんていうのか、使う人が原因ですってば、みたいな言い方がねぇ。
耐久性テストとかやってないの?(V)o¥o(V)
作りこみ不良とかそういう原因はないのでしょうか。。。。


心の中でそっと思いながら、入力したら1時間半後にメールで呼びますからってあっさり。


じゃあ、近所の量販店に行ったほうが対応早いでしょうか。って聞いたら、

その店に100人対応待ちがいたらこちらのほうが早いですよ。だって。


そんな田舎の量販店に100人も並ばないって。(笑)  例えが破天荒過ぎ。


ま、そんなところで楯突いても仕方ないし、、、
で、素直に電話番号書いてアポーストーを出て、

はて1時間半もなにしようか、と交通会館でやっていたイベントをのぞいて、
それでも時間があったのでニュー新橋ビルまで行って足裏マッサージ。


マッサージが終わった頃に「あなたの番です、お店に戻ってきてください!」と
2度ほどメール。


新橋から急いで戻りましたよ、言われた通りに。。


で、再びアポーストーの4階に行くとさきほどの慇懃無礼なオネエサン。


「予約してますかー?」


判を押したような質問に失笑し、メールもらって戻ってきましたと伝えると、
じゃあ、そこで待っててくださいと、中途半端なエリアを指さされ、暫く待機。


と、Genius BAR(すごい名前)の相談窓口みたいなカウンターのオニイチャンが
名前を呼んでくれたんだけど、苗字の上の字は合っていたけれど下の字が違っていた。


違う名前だけど並んでいるの私だけだし、とカウンターに行くと、
ファーストネームで名乗るオニイチャン。


欧米か。(古)


現象をお話しすると「本当にそうなのか確認しましょう」と念入りに縦線のあたりをさわり
「ああ、本当に動きませんね」だってさ。


なんか、もう店内全体がいちいち昭和世代の神経逆撫で感で溢れている感じ。


「ええ、1年も経ってないのに動かなくなったからもってきたんですよ」


さすがにイラついてそんな言葉が口をついて出たら、


「落としたりすれば、そうなることもありますからね」


そうくるか、ニイチャン。


「さきほど液晶交換は10分くらいで出来るって言われましたから
                  そのくらい待てばできますよね?」


もうやりとりがメンドクサクナッテ聞いたら、


「え、10分じゃできません、1時間かかります」


ちょび髭ニイチャンの嘘つきめ。


「1時間で直りますよね?」 仕方なく聞くと「直ります」とニイチャンが言うので、


スマホを預けて更に1時間銀座をぶらぶら。。。。


今度は特に出来ましたメールもこないので、自分できっかり1時間くらいの頃合いをみて
お店に戻って再び4階へ。


受け取りの窓口に行ったら「ちょうど出来上がるところです」と
まるで蕎麦屋の出前のようなことを言われ、暫し待ってから出来上がりを渡されて
「保証期間内なので無料で大丈夫です」とか言われちゃった。


当たり前だろ、1年経ってないんだから。(V)o¥o(V)


そりゃ、私だってスマホは何回か落としたことはあります、でもそれは室内。
畳の上とかカーペットの上。道路などの上とかに落としたことはありません。
で、液晶がおかしくなって、、って不良品かと思います、素人なんで。



で、最後に受け取りサインをくれってiPadにサインするように言われたので
「あれ、ペンないんですか?」って聞いたら
「アップルにペンはありません!」と即答されました。

液晶に指で自分の名前(漢字は面倒なのでカタカナで)を書いて受け取って、
「どうもお世話様でした」といったものの、リンゴスタッフのオネエサンは、
「お次の方!」と私の方は全く見ることなく前向きに次の客に視線が移っていました。


時代を切り開いた会社なので、まあ天下とってみたいなところもあるんでしょうし、
これがアメリカ気質の接客だとしたら私には合わないな、って実感しました。

よく新製品が出るとこの銀座のお店の前に何日も野宿して、発売と同時にお店に入って
スタッフとハイタッチする様子をテレビで見ても「ふーん」としか思わなかった私には、
このフレンドリーなのか慇懃無礼なのかよく分からない応対には???だらけで、
都合4時間も液晶交換に時間がかかったことを考えると近所の量販店にいけばよかったかも、
そんな気分になったアポーストーでありました。


奢れる者は久しからず、かもしれないよ、アポーさん。





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デジアナ変換 [いろいろ②]

来年3月までに終了します



こんなメッセージがうつぼ家のブラウン管テレビに常に表示されるようになりました。
もう昨年の話なんですが。(笑)

R0017143.JPG 台湾メーカーのDVD、ビデオ再生もできる便利なテレビ

画面上部に「来年3月までに終了します  デジアナ変換」、
下部に契約しているケーブルテレビ局の電話番号のご案内。

ずーっとずーっと表示されているのですが、
テレビって壊れたら買い換える、という感覚が小さい時から当たり前の私には、

まだ、うちのテレビ映るんですけど!

だったりします。

でも、来年3月で映らなくなったらただのデカい箱ですもんね。


大丈夫、まだまだ映る。


買い換えも面倒だったりして(古いテレビ、リサイクルしてもらわないといけないし)
家電量販店に行くのもおっくうなまま年が明けると、
3月13日で見られなくなるって表示が殊更目立つように画面の上下に映るようになって。


それでも面倒なんて放置してました。


が、さすがに1週間を切ったところで、このブラウン管、映らなくなるのに置きっぱなしも、
って思って買い替えることにしました。

ちなみに、これは寝室のテレビの話。 


居間のテレビはブラウン管が映らなくなって6年前に買い替えております。

(ジャパネットたかたで買ったんだよね)→ http://utsubohan.blog.so-net.ne.jp/2009-01-19-1


家電品は沢山みると迷いまくるので(店員に話しかけられるのも苦手)
量販店にはなるべく足を運ばず近所のスーパーで買っていたのですが、
最近、スーパーでも家電品ってモデルチェンジが早いからなのか在庫リスク回避なのか、
近所のスーパーの家電品売り場が超縮小し、大きな家電は買えなくなってしまい。。。。


仕方ない、量販店にいくかな。 


と思ったのですが、面倒で、結局楽天で買うことに。


なんでもいいんです、映れば。


今なんて昔に比べて液晶テレビ、安いもん。



なんでもいいんです。


送料無料で、リサイクル券で古いテレビをもっていってくれさえすれば。


メーカーもどこだっていいし、今のブラウン管も名前もよく知らない台湾メーカーだし。


物に拘らない私、とりあえずお財布と相談して安いテレビを購入。


しかも、楽天ポイントアップセールの時。(笑) 


ポイントアップはこういうときに使わないといけません。


とりあえず、セール中に安い品を二軒で買い、あとは3軒目でこのテレビ。


ポイント3倍です。 こういうときに買うと得した気がする。(^_^)


ただ、安いだけあって、納品は10日以上後。


テレビが映らなくなってから納品ですが、それは問題先送りしていた自分が悪いので仕方なし。


お店の方が配達日どうしますかー?って連絡をくれたので、
デジアナ変換が終了して1週間以上経った週末にお願いしました。


テレビが映らなくなったら寂しいかと思ったら、、、意外と寂しくないという。(笑)


そんなもんなんですよね、テレビって。
そんなことをしみじみ感じたのですが、1週間くらいは寂しくないけれど、
ずっと、、、、、だときっと寂しくなるはず。 だからやっぱりテレビには傍にいてほしい。


で、届きました。テレビ。

IMG_4304.JPG 32型で3万円しないんだからねぇ。。
以前買ったときどんだけ大枚はたいたんだろうって思っちゃう。

IMG_4307.JPG で、チャンネル合せて
IMG_4308.JPG 映ったんだけど BSが写らなくくて。。。

これを買いまして、、今は地デジ、、、BSも観られる様な快適テレビ生活です。。


って、寝る前も殆どみないし、起きてもろくにつけてないし、、
これって買い換えて意味があったのか、、少々困惑している、、、今日この頃でございます。。。。(^_^.)






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惜しい店 [いろいろ②]

美味しい料理を提供しているのにどこか惜しい店ってありますよね。

うつぼ宅から歩いてすぐのところに手打ちそばのお店があるのですが、
そのお店が美味しいけれど惜しい店だったりします。

駅からちょっと歩く距離にあるお店なので、そんなに混んでいないのですが、
先客がいてもせいぜい2~3組くらいで、一人で行くには心地良いお店だったりして、
10年近く前にオープンしてからちょくちょく通っています。

で、色々メニューはあるので、最初はあれこれ食べてみたのですが、
一番いいかな、というメニューで落ち着いて毎度同じものばかり注文している私。

unnamed.jpgこんな感じのボリュームたっぷりメニュー

お蕎麦は手打ちで好みが分かれる味かと思いますが、歯応えのあるお蕎麦というか、
最初びっくりしたものの、慣れると意外にクセになる味わいだったりします。


毎回同じものを注文するので、定点観測的な感じでちょっと意地悪にもなってしまいます。
今日は味が薄いな、とか濃いな、とかお蕎麦硬いな、とかとか。
自分の体調の良し悪しでも味わいが変わるとも思っていますので、
ある程度は許容範囲かな、と思うことにしています。


が、惜しい点。


まず、蕎麦汁が薄くて、量が少ない。
最初、ショッパイものを好む自分がバカ舌なのかと思ったのですが、
お蕎麦屋さんの汁って濃いめのところが多いなか、ここはかなり薄め。 つけ汁なのに。(-.-)
とはいえ、だんだん出汁の取り方もよくなってきているし、少し濃いめになってきたような、
そんな気がしてある程度は妥協点かな、と思うことにしています。


次に、自家製の漬物が残念。
単品でも自家製を謳ってメニューに載っているのですが、
塩気が強すぎたり弱すぎたり、味見しているのかな、って感じ。
いつも確認で一口は食べるのですが毎回「ああ、今回も。。。」って感じで残しているので、
お店の人がいつか気づいてくれないかな、と思ったり。。。


更に、生ビールが美味しくない。
以前、休みの日に昼酒でもって生ビールを注文したら美味しくなくて。。(-.-)
おそらくサーバーのお手入れが十分でないってことなのかと思って、
それからは瓶ビールで注文しているのですが(昼酒は止めてないわけで(笑))
販売しているビールメーカー(某麒麟)の営業さんでも指導してあげればいいのに。。。


で、ここまでは出されるお料理とか飲み物についての惜しい点なのですが
(惜しい点というか残念ポイントみたいな書き方になっちゃった)
ここからはお店としての惜しい点。


このお店、FBなどでもお店の宣伝をしているのですが、
お店に行くと「飲食している時にFBにチェックインしたらサービスします!」と
FBのチェックイン機能で小鉢くらいの一品サービス、というのを1年くらい前から始めました。
チェックインの仕方などの説明書きに「チェックインしないとサービスしません!」とか
「えこひいきします!」とか書いてあって。(-.-)

サービスしてほしければFBでチェックインすればいいだけの話で、
私自身はサービス品の内容にあまり興味なく、近所の店をFBでチェックインするつもりもないので
チェックインせずに普通に自分の食べたいものだけ食べているのですが、
チェックインしないとサービスしないぞ!的な書き方がどうも違和感。。。


お店の御主人もオバちゃんも全然そんな高圧的な人ではなく
至って真面目な方に見えるので、その趣と文章のギャップに驚きます。。。


で、、テーブルにどうしてこのお店を知ったのかアンケートに答えてください!
ってアンケートが置いてあって、これも同じく答えるとサービス品があって、
「答えないとサービスしません」とか書いてあると全然答える気が起きないという天邪鬼な私。
どこで店を知ったか、知ってからすぐお店に来たか、来て食べてみてどうか、みたいな質問も
ふーん、、、って感じで特に答える気持ちもなく。


更にその違和感に輪をかけるような出来事が最近。


いつものように定番メニューを食べてお会計、というときに、
「スタンプカード、作りましたのでどうぞ!」って渡されたので、
ほほー、このお店もそういうところからファンを増やすのかな、なんて思って、
自宅に戻ってスタンプカードを良く見たら。


一定期間にある程度の回数通ってスタンプを押してもらうと値引きがある、
というスタンプカードなのですが、カードに書いてある文章がなんかなあ、で、
別にスタンプ押してもらってサービス受けなくてもいいかな、って気持ちなりました。


「別のカードにスタンプをつけ足すことはしないので
 食べた時にしかスタンプは押しません。後日、言われても押しません。」

「有効期限は◎◎間です。 ◎◎間に▼回来ないと□□□円引になりません。」

「お名前・ご住所を書かないと無効です。」


なんかねぇ、、飲食店で名前、住所を書かないと無効ですなんてスタンプカード、
まあ、他でもこういうのはあるんでしょうけど、もっと書き方ないのかな、なんて思って。


このスタンプカードをもらった後にまた訪れたら。


いつもと同じメニューを注文してお会計するときに、
「スタンプカード、作りましたのでどうぞ!」といつも一人しかいない店のオバちゃんに渡されて。


いえいえ、先日いただいたんですが、近所で美味しいから食べにきているだけで、
名前とか住所を書いて、、、というつもりはないのでカード要りませんし、
なくても美味しいから通いますって答えたら、オバちゃん、あっさり納得していました。


このオバちゃん、私のことをたまに店にくる客って覚えているはずで。


東日本大震災の時、数か月間、このお店に行かず、久しぶりに行ったら、
このオバちゃんに「地震、大丈夫でしたか、最近いらっしゃらなかったから」と聞かれて
ああこのオバちゃん、私のこと覚えてるんだ、、って思った記憶が。。
時々きていつも同じメニューを注文して、たまに酒も飲む中年女って覚えているはずなんで、
スタンプカード渡す時も「やっとスタンプカード作ったんですよ!」って思ったかもしれませんが、
近所のお店で名前(フルネーム)とか住所書く気もしないというか。。。。。


書き方とかお客さんへのアプローチで損しているのかな、って思ったりしたのですが、
なんかそれって勿体ないというか惜しいというか、ですよね。
お蕎麦は美味しいのにね。


で、惜しいついでにもう一つ。


新しいメニュー!ってテーブルに大きくポップが置いてあったので持ち帰りした一品。

R0015121.JPG 蕎麦入り厚焼き玉子 
R0015122.JPG 蕎麦要らないな、、惜しい。。。。



店のオバちゃんがいつも遠慮がちな感じなので、
もちょっと近づけたら惜しい点をお話ししてみたいな、と思っています。



でも、10年近く通っていてこの調子。
いつ近づけるのかな、という疑問もあったりしてー。(^_^.)



 


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新年のご挨拶 [いろいろ②]

無題.pngもう平成も27年なんですねぇ。。

昨年末に記事を書いたとおり、喪中なのであんまりめでたい言葉を書くのも、、と思い、
今年は控え目にさせていただきましたが。


あけましておめでとうございます♪


毎年色々書いておりますが、とにかくここのところ酒量が増えているので、

2666.png

とにかく節酒したいものです。 

とか書きながらきっと元旦は婆1号と「かんぱ~い♪」なんて感じで
昼から酒盛りしていそうですが。(笑)


266.png

私の備忘録で呑んで食ってばっかりのブログではございますが、
今年もどうぞ飽きずに読んでやってください。


みなさまにとって素晴らしい一年になりますように。(^_^)


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父の詫び状⑤ [いろいろ②]

無事、通夜、告別式を終え、父の骨と一緒に帰宅し、、、翌日。

それまで話しかけなかった父にお線香をあげるとなると思わず話しかける私。
生きているときにもう少し優しくしておけばよかったかもしれないな。
そんなことを思いながらお線香をあげて手を合わせ。


告別式が終わっても、、まだ色々と手続することってあるんですね。


最初に母と行ったのは近所の市役所出張所。


死亡届を出して、ここで出来る手続をお願いします、、、と伝えると、
手続一覧表を見せながら、◎◎はここ、△△はここ、と立て板に水の説明。

端末に父の死亡を入力したようで、あとは介護保険証を受け取ったところで
「ここで出来るのはここまでですから」と突き放すように言われました。


ぜいきんどろぼうめ。


そんな悪態つきたくなりますよね。

今の時代、通信事情も情報管理も進んでいるのですから、
住民票のあるところで死亡届を出せば、
色々な関連部署と連携して一括手続してくれればいいのに。

今回本当にそう感じました。

その後、これまで通っていた病院の予約を取り消したり急患で運ばれたときの御代を払ったり、、、
そして翌日、一人で本籍のあった新宿区役所へ。。。

相続などの関連だと、出生から死亡までの謄本をとらないといけないんですよね。
となると、新宿で出生届されていない場合、遡って違う役所にもいかねればならないわけで、
新宿区役所で「ここはどこの国?」って雰囲気の中(ある意味アジアンなんですけどね)、
都合4種類の謄本(法改正とかがあると謄本かわるね)をとって、、、
ここで出生が届けられていなかったので、遡ったところで今度は江東区役所へ。。。


顔も知らないジイサンが筆頭者なのでジイサンの名前を書き、
申請者のところに私の名前、筆頭者との関係に「孫(笑)」と書いて謄本取得。。


ここで出生届がされていたので、私は2箇所の役所回りで済みましたが、
転々と戸籍を移していると全ての役所で謄本とらないといけない、、、
ってすごくエネルギーが要りますよね。


80近い年寄りの母にそんなことさせられないです。 
都内に出るだけで大変なのですから。(実家、田舎だから)


この後、お香典リストをつくって、お返しを選んで。
父がお世話になったリハビリの病院とデイサービス施設何カ所かを訪問し、挨拶。


こうやって少しずつ父の足跡を消していくというか整理していくというか、、、で
母や私の気持も落ち着いていくのかな、、、そんな気持ちになりました。


①でも書きましたが、私は父が好きではないので、
今回亡くなったことについては悲しい気持ちは全然なく、
やっと寿命がきて仏様がお迎えにきたんだろう、って気持ちだったりします。


ただ、父が私や母に最後にしてくれたこと、そんなことを色々考えたりします。


急患でICUに入った後、12日間がんばってくれたのは、
母や私が気持ちを落ち着けて整理して、お別れの準備を慌てずにさせてくれたこと。


ICUに通うことで、今の救急医療の素晴らしさを垣間見せてくれたこと。


亡くなった後、ご近所さんが自宅にやってきてくれて色々話をしたときに
父の外面の良さ(←いい意味で)を知る機会をもらったこと。

ご挨拶にきてくれたご近所のオバちゃんが
「内面よくて外面悪い人より、お父さんは内面悪くても外面よかったからいいんじゃない?」
慰めだかなんだか分からないけれど、
そういわれて、そっかそうだよね、なんて気持ちになりましたし。(笑)


大嫌いな親戚とも話す機会をくれたこと。(ある意味修行のような)


こういうときに、誰(主に親戚ですが)が本当に母や私のことを大事に感じていてくれるか、
これから誰ときちんと付き合っていけばいいか、、、見極めさせてくれたこと。
(口ばっかりで調子良いだけの人も分かったし)


父急変の知らせがあった時、
寿輔師匠の独演会の打ち上げで乾杯!したばかりだったので、
まったく意地悪して邪魔してさ、、、なんて思ったり、
派遣がきまって働きはじめよう、、、という矢先の話だったので、
父を嫌っていた私にそれが跳ね返ってきたのかと、、、、父を恨みがましく思いました。


でもね。


友人に「辛いことも楽しいと思えるように対応すればきっといいことあるから」て言われて
ちょっとそういう悪態つくのもよくないか、って思ったら、考え方が変わりました。


私がぷーたろーの時にこうなったのは、
お母さんをちゃんと支えてあげてね、って父からの依頼だったのではないかって。

父には2年前に仕事を辞めたことはずっと黙っていました。
話せば何でそんないい会社を辞めたんだ、いつまでもグジグジ言われるのが分かっていたので
父が死ぬまで話すつもりもなかったのですが、、実は気づいていたのかもしれません。


それから、母が思いの外よぼよぼしているのを気づかせてくれたのも父。


これまでは、父があまりによぼよぼだったので、
母については元気なオバアサン、って思っていたのですが、
病院に通ったときにずっと見ていた母、お葬式で立ち振る舞う母、本当に年寄りだな、って。


そんなよぼよぼの母に介護されている父もさすがにこれ以上は悪いと思ったのかもしれないな、
そんなことを考えました。


母が孤独で老け込んでいかないように、、ちゃんと面倒みないといけないな、
私にそう思わせてくれたのも父のお陰かもしれません。


というわけで、超身内の父を見送ることで、色々学びよい経験をすることができたこと、
父の外から見える一面を垣間見ることが出来たこと、そんなことを思い返すと、、、
最後の最後になったものの、父には感謝の気持を持つことができて、
幸せだと思えるのでありました。



(父の詫び状、これにておわり)















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父の詫び状④ [いろいろ②]

御通夜当日。


朝、のんびり母と起きて、スケジュールの確認をして午後。


兄一家が到着すると、それまでの静かな空気が一変。


化粧したかったのにダメって言われたとむっとしている姪(年頃の高校生)、
兄嫁のスマホでパズドラに夢中になっている甥(反抗期の中学生)、
なんだか慌ただしくしている兄。 


その後、セレモニーホールに着くと、既に遠方の親戚はほとんど到着していて、
会いたくないと思っていた親戚にもニコニコとご挨拶。


そして、納棺式。


末期の水として、本日は焼酎と日本酒をご用意しておりますが、
生前はどちらがお好きだったのでしょうか?と訪ねる納棺士さんに、


「日本酒です!」


母、私、即答。(笑)


ということで、綿棒に日本酒を含ませて、父の唇にちょんちょんつけて。
そして、手足をぬるま湯につけたタオルで拭き拭き。


甥は、死んだジイチャンを観るのが嫌だったらしく、拭けなかったのですが、
私は左足と右手と額を拭きました。(もちろん別々のタオルでね)


生きていたときの父なんて、絶対触りたくなかったんですが、
(特に足なんて水虫だったりするし)
不思議と亡くなった後は、ちゃんと旅だってほしかったりするので拭けたりするんですよね。


と、皆で父を拭き清めた後、どなたか足袋を履かせてください、と納棺士さんが言うので、
ここで手を挙げた方がいいよね、って感じで、左足に足袋を履かせ、
「力のある男性のみなさんで棺に入れて差し上げてください」と言われて、
男性のみなさん、殆ど70代で心配だし、と私も手を挙げ、父を持ち上げて棺に入れ。


納棺式ってこういう儀式なんですね。
初めての経験ですが、こうやって亡くなった人を少しずつ送っていくのかな、
なんて思いました。


その後、到着した檀家のご住職にご挨拶してお布施を渡して。


そして御通夜。


思いの外たくさんのご近所さんが手を合わせてくださって驚きつつ、
私が歳くった分、近所のおじさんおばさんもジイサンバアサンになっていて、
時の流れを感じました。。。。



御通夜の御斎では、ご近所さんの一部と親戚の一部がまるで居酒屋状態になっていましたが、
父を偲ぶというより単なる呑み会みたいな雰囲気にちょっとがっかり。。。



そして翌日の告別式。


前日と異なり、とても参列者が少ない中、初七日法要まで済ませて出棺。


祭壇のお花を棺にみんなで納めるのですが、
涙もろいオバちゃんが泣いたのが引き金のように皆泣き始め。


それまで、好きでもないジイチャンの葬式でよろしくない態度だった姪が、


「オジイチャン、結婚式の姿をみせられなくてごめんね」


大きな声で言って泣いているのを観て親戚さらに泣き泣きで。


私はね、全然違う反応しちゃったんですよ。



「◎◎(姪)が見せる前に、私が結婚式の姿見せてないんだって」


思わず、そんな言葉が口をついて出たら。


親戚、爆笑していました。


珍事です。(笑)



そんなこんなでお花を入れ終わり、車に棺を乗せて火葬場へ。




火葬場で父が骨になる間、お清めの席で食事、、、だったのですが、
ここでも一部の親戚が昼から酒盛り状態になっていました。。



もうちょっと時と場を考えてくれてもいいのにね。(^_^.)



1時間ちょっとで、骨になった父を迎えに行くと、、、
まだ熱々で湯気モウモウの父の骨から立ち上るニオイが鼻にきて。


おそらく、一生忘れることのない焼けたニオイ。


そんなニオイを感じながら、箸わたしで骨を骨壺に入れて、
あとは職員の方にお願いしましたが、意外に骨がしっかりしていて、
ギュウギュウ押しながら骨をいれないと入らない状態。


最後に、好んで身に着けていたループタイとメガネを入れてもらって、
一緒に自宅に戻りました。。。。



その後、セレモニーホールの方が、喪主の札で飾った生花を持ってきてくれたので飾り、
位牌のご相談。


うちの祖父母、50回忌も終えていたのですが、先祖代々にまとめていいのって33回忌以降。


とっくにまとめてよかったのに、する必要もなかったからしなかったのですが、
今回父の位牌を作ると仏壇が混みあうので、祖父母の分は一つにまとめることにして。


何でも注文すれば対応してくれるセレモニーホールのきめ細やかさには感心。
ま、それだけ儲かるもんね。


セレモニーホールの方が帰った後、兄一家も帰ってくれたので(どこかホッとする私)
母と着替えて、当日も宿泊予定の親戚と居酒屋で夕食。


やっと母がリラックスする姿を観られて私も緊張が解けたのでした。。。。




(つづく)




 


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父の詫び状③ [いろいろ②]

今回、、本当に面倒だと思ったのは親戚関係でのやりとりでした。


父も母も兄弟姉妹が多い人なので、おじさん、おばさんが多いんです。



仲の良い親戚は一握り、あとは別に会いたいとも思わないって感じで、
とはいえ、父のお葬式ですからちゃんと連絡はしないと、です。


仲の良い親戚は、手伝えることはないかと自発的に聞いてきて、
じゃあ、、これをお願いしますって言えばちゃんと動いてくれる。
食事作る気力もないでしょ、って宅急便で美味しいものを送ってくれる。



それは、ホントに一握り。



あとはねぇ、、、まあほぼ全員70代なので我が強いっていうかなんというか、
連絡すると嘆き悲しむんですが、、、遠方からやってくるのが大変とかなんとか、
とにかく説明が面倒。 母も途中で切れそうになっていました。。。



特に、そんなに近くない親戚(というか私は親戚だと思ってないけれど)のおばさんが酷くて、
一人で電車にも乗れないというのに通夜と告別式に出たいとか言い出して。
このおばさんのこと、父、ものすごく嫌っていたんで(というか私も嫌っている)
どうか無理なさらずに、お気持ちだけいただきますから、、なんて感じで婉曲に断ったものの、
そういう人に限って行間を読めないっていうかなんていうか、、、、絶対いきます!と言い張って。


高齢の母が一番テンパって大変なのに、
こういうおばはんがいたりするので無駄にエネルギーを使うというか、母辟易。。。



そんなやりとりの間に、ご近所さんとか近くに住む親戚が実家にやってきて、
安置されている父にお線香をあげてくださるのを対応したり。。。。



ご近所さんからは、おにぎりやサラダ、煮物などを沢山差し入れしていただいたので、
自炊せずに済んだので、ホントに有難い気持ちになりながら、、
親戚とのやりとりではマジでくたびれました。。。



その間、納棺士の方が毎日父のお手当をしにきてくれたのですが、
それはもう丁寧で(っていうか、お値段もそれなりでしたからね)
頭に被っていたネットをきれいに外してもらって(額に網網の跡がついていたけれど)
毎日毎日きれいに体を清めてお化粧してもらい、納棺士のお仕事って大変なのね、
なんてある意味社会勉強の気分になりました。。。。



で、御通夜当日になりました。



ちゃんと見送らないと、です。



(つづく)



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父の詫び状② [いろいろ②]

父が旅立つのも近い、、と思い始めた頃、というか、それ以前から、
お葬式はセレモニーホールみたいなところにしようね、と母と話していたのですが
(昔は自宅で執り行うのが一般的なエリアですが、、自宅だとあれこれ大変だし)
母に待合室で聞いてみたら「駅前のセレモニーホールの会員に入ってるから」と即答。


私の父よりもっと以前から同じ病気に罹っていたおじさんが近所にいて、
2年くらい前に父より先に旅立っていったのですが、その奥さんからセレモニーホールの話を聞き、
施設見学会にも参加して「ここならお父さんを送るのにいいかな」と思って入会していた母。


相談できる人が近所にいるのは知っていましたし、
私もその奥さんとはよくお話ししていたのですが、そこまで相談して決めていたとは。。。


とはいえ、そういうことなら、段取りもしやすいというものです。


父が解剖されている間、遺族控室でセレモニーホールに電話。
そして、病院から自宅へ父を運んでもらうのをまず依頼。
そのあと、檀家の寺に電話して、坊守に日程を相談して。


それでも解剖が4時間かかったので、父の嫌な思い出話やらなやら。


「お父さんが嫌いなはわかるけれど、もう旅だっていくんだし、水に流してあげれば?」


友人にそう言われていたので、
亡くなる前は「父よ、もう嫌な思い出は忘れてあげるから」なんて思っていたのが、
再び、総決算状態になっておりました。(^_^.)


解剖が終わり、、、霊安室に安置された父は脳も解剖した為、頭にネットを被っていて。
転んで頭から血を出して処置してもらってネット被って、、、みたいな姿に見えました。
不謹慎なんですが。


担当してくださったICUの先生が、母から見るとイケメンだったようで、
(私にはイケメンというよりは優しい表情の先生に見えたんですけどね)
「お母さん、大丈夫ですか?ちゃんと休めましたか?」と毎回会うたび母に聞いてくれたので、
「あの人が独身なら、うつぼと結婚してくれればいいのに。。」真顔で言っていたのですが、
霊安室でお線香をあげて、父を乗せた車をずっと見送ってくださった姿に、


「うつぼの婿になってくれたら、お母さん、本当に嬉しいのに。。。」


ストレッチャーにのせられて車に乗る父の隣でマジ顔で何度もつぶやいていました。。


先生は10歳も下だし、こういう人はちゃんと奥さんも子供もいるんだから、
そういう無茶苦茶な妄想はしないように、、、、、母に釘を刺しました。(笑)


父を乗せた車が病院を出た時は、ぽつぽつと降り始めた雨が、
自宅に到着したら豪雨滝雨。


セレモニーホール(葬儀屋さん)のおじさん2人がびしょ濡れになりながら、
狭い玄関を何度も切り返しながら父を運びこんでくれました。


その後、布団の上に寝かして整えてくださった後、
今度は営業担当と思しき若いオニイチャンが登場し、、、通夜葬儀の打ち合わせ。



こんな若いのに、しっかりしてるわねぇ。。。 と母。



おくりびと、の影響もあるのかしらね、その後も、若い社員の方々におあいしましたので、
今は若い人にも働いてみたいと思われる業界なのかな、、、、なんてふと思いました。



オニイチャンとの打ち合わせ、、、とても丁寧だったのですが、、
母が決めかねている項目などで私がくちを挟むと
「おふくろが決めるんだからお前は黙ってろ!」とその時だけ、兄、発言。



今までのお仕事経験上、私の方がこの手の話はなれているので、
私がリードして話を進めていたのが兄は面白くなかったんでしょうね。。。
でも、話が長引けば長引くほど、母も疲れが増すだけなので、、
とにかくちゃちゃっと済ませたかったので、
母が判断しやすい方に話をもっていって3時間弱で終了。



お見積りをみて「お葬式って高いねぇ」、、、、母と驚きましたが、
殆どが生のお花の代金なんですよね。
音響演出代13万円ってのに驚いて、「これはなんですか?」って聞いたら
シンセサイザーの生演奏で今は主流です、って説明でシブシブ承諾したのですが、
実際の演奏などを聞くと、これはボッタ栗ぽいかな、っていうのが正直な感想でした。。。


で、見積もり見て花が高い!と思いましたが、母が父を花で囲みたいっていうし、で
ま、仕方ないわね、って感じで納得して、その日は終了。



翌日から親戚(ものすごく多い)に連絡して、
遠方からやってくる親戚用に近所の宿泊を手配して。


これがまた大変だったりしました。。。



(つづく)





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父の詫び状① [いろいろ②]

暮れも暮れてときにナンですが、、年内に、、、と思ってアップすることにしました。



 

初秋のある日、うつぼ父、旅立っていきました。


以前からブログを読んでいただいている方は何となく察していらっしゃると思いますが、
私は父がずっと嫌いでした。


でもね、嫌いだった人でも親は親。


旅立つ父を見送ったことは今後の私にとって大きな経験となるでしょうし、
それを忘れたくないのもあって、今回ブログに記憶を書き残すことにしました。




父が嫌いな理由は、、、、
とてもブログに書ききれるものではありませんし、そんなことを書くほど子供じゃないし、
おそらく、父親が嫌いな世の女性と根本的な理由は同じ、、かと思いますので、
想像していただける部分はあろうかと思います。。。






私の父は、いわゆる戦中派なのですが、定年前に心疾患で手術を経験し、
その後、会社を退職した後、旅行に行ったりパソコン教室に行ったり、、
色々と彼なりに仕事人間からの脱皮を図ろうとしていたようでした。


それが、今から10年ちょっと前、脳疾患で倒れてからというもの、
入院、リハビリ、、退院、、、した後、、、、状態は徐徐に悪くなっていき、、
もちろん本人は大変だったと思うのですが、
その間、自宅介護をしていた母にしてみればある意味苦行のようなものだったというか、
いつまでこんな状態が続いて母が疲弊していくのかな、なんてずっと思っていました。


父にしてみれば、仕事人間、世代的には家庭を省みずに働いて家族を養う、
それが男の甲斐性、でしたので、、、自分が病気になったのも家族の為に働き過ぎたからだ、
そんなことを言って家で悪態をつくことも多々ありましたねぇ。。。


実家に帰ってももともと嫌いな父と話すのも面倒になって、適当にちょっと話す程度、
最近は話しかけてくる内容も意味不明だったりしたので、軽く無視していたり、、
なんて感じで。


そんなある日、母から電話があり、父が入院したと言われ、
暫く入院しているのであれば、母を連れ出して食事などにも行けるかな、
そんな軽い気持ちで思っていたのですが。


その翌日、ちょうど、寿輔師匠の独演会を楽しみ、打ち上げに参加して、
かんぱーい♪とビールに口を付けたところで母から「父危篤」の電話。


師匠と後援会の方に、「親が急変したと連絡がありましたので、失礼します」と、会場を後に
急いで電車に乗って実家エリア(田舎)にある大学病院へ。。


元々の病気と関係があるのか、、分からないのですが、
全然違うところで病状が悪化していたらしく、、緊急手術をしたものの、
本人の体力が戻るかどうか、、という説明をお医者さんから聞いて一旦帰宅した後、
安定したり不整脈が出たりの繰り返し。


いつまでこういう状態が続くのか。


本人は意識がないというものの辛いだろうし、
毎日病院に通う母も高齢で疲れきっているし。


そんな状態で1週間。


私は父が安定している時は友達と食事したり、自宅で休んだり、でしたが、
再び危篤の呼び出しがあって、病院へ。


その後、病院の家族控室に母と泊まって、
昼間はICUの待合室で急変なければいいね、なんて話ながら待機。


病院の家族控室、、地下にあるのですが、、、
もう夜になるとまっくらだし静かだし、、何より、某◎フトバンクが「圏外」。



圏外。(笑)



でも、疲れているのか、母も私も早く寝てそのまま朝まで爆睡。。。。




ちょうど当時ぷーたろーだった私も、
さすがにこのままだと社会にもどれないのでは、と派遣登録して、
やっと決まって働きはじめようとしたところでしたので。



お父さん、これまで私が冷たくしたのを恨んで嫌がらせしてんじゃないの?
ったく、性格わるいぜ。


なんて心の中で悪態ついたりしたんです、最初の頃は。


でもね、途中から気持ちが変わってきたというか。


もしかしたら、私がぷーたろーで時間のある時だから具合悪くなったのかな、
高齢の母を支えられるようにって仕向けたのかな。


そんな気持ちに変わっていきました。



なんというか、土俵の徳俵に足がかかっているところで、
ものすごく踏ん張っている粘り強い力士。



例えが変なのですが、父がそんな感じに思えたりしたんです。



まるで私たちが落ち着けるまで粘っているような。



待合室でそんな話を母としながら、
不謹慎ですが、父が旅立っていったときのことなども話し始め、
ある程度、段取りというか話が出来たころ。



心肺停止、ずっとICUにはいってから手当してくださった先生に宣告され、
旅だっていきました。。



先生からや看護師の方々からは、


「年寄りだけれどはきはきしているお母さん(婆1号)」

「オロオロせず、ハキハキして段取りのよい娘(婆3号こと私)」


そんな風に見られていたらしく、入院してから亡くなるまでの説明と、
出来れば今後の救急医療の研究に、、と解剖の依頼があったので承諾し、
解剖4時間の後、父は自宅に戻りました。。。。



救急の先生、私より小柄ながら、ものすごい存在感があったのですが、
最後、手を尽くして父が亡くなった後、霊安室でお線香を上げてくださった姿は、
今までより小柄に見えてしまいました。
(ま、私がデカ女ってことなのですが(^_^.))




ICUの医師や看護師の方々、、日々の救急患者に真摯に対応されている姿を
2週間くらい間近に見ることができたこと、自分の知らない世界を知ることができたというか、
こういう方々のお陰で私たちも安心して暮らせるのかもね、なんて母と話しました。


あと、、ブログで知り合ったお医者さんの某姐にも、LINEで色々と相談させていただき、
お医者さんの立場として、また、年上のオネエサンとして、また、親を亡くされた経験者として、
いろいろとアドバイスをいただき、母と心強い思いでいられました。。。。


姐、ありがとね。



ぷーたろーだったお陰で、父や母と接することが出来た時間は今後も大きな財産かな、
なんて思いながら、父と一緒に帰宅しましたが、、、この後もいろいろとやることがありましたので、
それはもう、フル回転で父を見送ることにエネルギーを注ぎました。




(つづく)

 
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